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プロフィール

高沢英子

Author:高沢英子
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 伊賀上野出身
 京都大学文学部フランス文学科卒業

 メイの会(本を読む会)代表。
 元「VIKING]「白描」詩誌「鳥」同人

著書:「アムゼルの啼く街」(1985年 芸立出版) 
「京の路地を歩く」 (2009年 未知谷)
   「審判の森」    (2015年 未知谷)     

共著: 韓日会話教本「金氏一家の日本旅行」(2007年韓国学士院)
 現在メールマガジン「オルタ」にエッセーなど寄稿。

 

東京都 千代田区在住


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わが街かわら版 ⑦           高沢英子
  コレットの「青い麦」
早春、秋に撒いた麦の種がいっせいに青い芽を出し、麦踏みは大事な農作業のひとつになる。風がまだつめたい季節、蟹の横這いのように、畝に沿って踏んでゆく。夏のフランスの旅では、車窓から見渡すかぎりの小麦畑で、みのりをむかえた麦の穂が、吹く風に青い海のように波打っていたのを思い出す。麦は踏まれたら強くなるらしい。
一九五四(昭和二十九)年八月、パリでひとりの作家が世を去り、フランスは彼女を国葬で葬った。作家の名はシドニー・ガブリエル・コレット。一八七三年(大正六年)生まれ、大衆作家の幼な妻となり、夫のすすめでペンをとる。離婚後、パントマイムの芸で自活。編集者との再婚、離婚と、自由奔放な生涯で一女を育てあげ、心に沁みる数々の名作を残した。小説「青い麦」は、夏の海辺を舞台に、毎年家族とパリからやってきて、隣同士の別荘でヴァカンスを過す幼馴染の十五歳の少女と十六歳の少年の幼い恋を描き、一九二二(大正十一)年断続的に「ㇽ・マタン」誌に掲載、翌年出版された。
成熟するにつれ、互いに惹かれ合い反発と魅惑にさいなまれる二人の前にあらわれる年上の美しい女。彼女にいざなわれ、夜明けにひそかに帰ってくる少年の足音に耳を澄ませる少女の苦悩。
空の光、砂地に這うはりえにしだの花、潮に洗われた岩々の割れ目を逃げ去る蟹、夏の海辺の渇いた自然の風景が、微細な心の襞をも見逃さない濃密な心理描写と一体化し、未熟な魂と成熟期の肉体の葛藤を描く筆の深みにいつしか絡みとられ惹きこまれ、ときには遠い追憶の断片に光が当てられ、多様な局面から愉しめる小説の醍醐味を味わわせてくれる佳作だ。
訳者堀口大学紹介のフランスの評論家曰く「彼女の作品の中に深遠な哲学も、異常な性格も、求めるべきではない。彼女が知っているのは感覚だけである。だが彼女の言葉は宇宙のきらめきと奇跡を表現している」と。昭和昭和二十八年映画化され日本でも公開された。  
同じ年発表された少年少女の志摩の海辺の恋を描いた三島由紀夫作「潮騒」はこれに触発されたと聞いたが、社会背景や風俗を、男の視点による力強い筆さばきで書き、趣はかなりなり違う。
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