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プロフィール

高沢英子

Author:高沢英子
FC2ブログへようこそ!
 伊賀上野出身
 京都大学文学部フランス文学科卒業

 メイの会(本を読む会)代表。
 元「VIKING]「白描」詩誌「鳥」同人

著書:「アムゼルの啼く街」(1985年 芸立出版) 
「京の路地を歩く」 (2009年 未知谷)
   「審判の森」    (2015年 未知谷)     

共著: 韓日会話教本「金氏一家の日本旅行」(2007年韓国学士院)
 現在メールマガジン「オルタ」にエッセーなど寄稿。

 

東京都 千代田区在住


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心の風景

大きい文字昨日の散歩は、このところ日本橋界隈の魅力にとりつかれ、ているせいか、少し歩きすぎて疲れたようなきがしました。そこで今日は十思公園を一巡りして帰ってきました。私の部屋からは二千歩くらいです。昨日の早朝は、日曜日もあって、雀の声がとても賑やかでしたが、今朝は月曜で、九時には町じゅうが動きだし、コロナ自粛中ではありますが、なんとなく活気があり、公園では保育士さんに連れられた園児たちが3,3,5,5走りまわっていました。
 さて十思公園の入り口近くにある大きな石の碑ですが、よくよく見ると題字の横に、明治丙午年希典書という文字が、はっきり読み取れます。はて、希典といえば、日露戦争で大活躍した乃木大将の名前ですが・・・丙午とはいつなのか、さらにもし乃木希典だとすれば、乃木夫妻が明治天皇崩御の後、悲劇的な自決を遂げ、それが歴史的には殉死と意味づけられていた、という記憶があります。戦争に参加したかれらの令息二人はあの戦争ですでに戦死していた、とも聞いていました。
 私が小学生の頃、唱歌で水師営の会見を歌ったものがありました。題名は忘れましたが、
”乃木大将とステッセル、ところは何処、水師営”と大声で斉唱したのを覚えています。武士道の鑑のように言われたものでしたが、子供心にひたすら夫人が気の毒で、なぜそこまで、と思ったりしたものです
。この碑がいつ書かれたものか、なぜここにあるのか、題字の読みとその意味は?調べてみようと思います。
 
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