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プロフィール

高沢英子

Author:高沢英子
FC2ブログへようこそ!
 伊賀上野出身
 京都大学文学部フランス文学科卒業

 メイの会(本を読む会)代表。
 元「VIKING]「白描」詩誌「鳥」同人

著書:「アムゼルの啼く街」(1985年 芸立出版) 
「京の路地を歩く」 (2009年 未知谷)
   「審判の森」    (2015年 未知谷)     

共著: 韓日会話教本「金氏一家の日本旅行」(2007年韓国学士院)
 現在メールマガジン「オルタ」にエッセーなど寄稿。

 

東京都 千代田区在住


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 明日から8月です。2020年も後半に入りました。昨日は久しぶりに杉並区から従妹が訪ねてきて、バス停まで迎えに行ったついでに買って帰ったお寿司弁当を食べながら、お喋りしました。二人とももうとっくに80歳を超え、でもいまだに故郷伊賀の互いの家で遊んだ子供のころのまま、と言えばウソみたいな話ですが、ま、そんなものです。
 先ほどラジオで、日本の女性の平均寿命が87歳を超えた、と報じていました。世界一は香港だそうです。人間の寿命は延びて行きますが、世界は、このところコロナ禍に加え、あちらこちらで不穏な状況が噴き出し、政治のゆくえと複雑に絡みあって、この先地球はどうなってゆくのか予測もつきません。span style="font-size:x-large;">大きい文字
 それでも今のところ、地球も朝になると明るくなり、人間も目が覚め、、夕刻には太陽が沈み、眠くなって眠りにつきます。最近は人間はそれほどリズミカルに暮らしていないように思いますが、やはり生命を持っている限り、他の生物同様体内に一定の生物時計を持っていると医学者は説明しています。そしてそれは宇宙のリズムと微妙に連携し合っているそうです。
 一人暮らしの場合は、ある程度自由が利くのですから、、宇宙のリズムに体のリズムを合わせ、規則正しく過ごすことが大切かも知れませんね。
 
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心の風景

 今朝は昨日より気温は高めですが、空は薄陽がさしてあかるく、8時過ぎ散歩に出ました。いつものように十思公園に行きましたまだほとんど人影はなく、桜やコナラ、ひのきの大木が鬱蒼と枝をひろげて仄暗いあたりいったい、清々しい風が吹き通り。清々しい気分でした。
 ところで 昨日うろ覚えで書いた小学唱歌、正確な歌詞を確認しようとネットで調べました。歌人佐々木信綱の創作した歌詞は、8番くらいあるのですが、物語形式でさすが時代の風潮をよく読みこんで、なかみの思想にはやや異論ありですが、ともかく格調高く歌いやすかったのを覚えています。

旅順(りょじゅん)開城(かいじょう) 約成(やくな)りて
敵の将軍 ステッセル
乃木大将と会見の
所はいずこ 水師営、鬱蒼と枝をひろげている、

庭に一本(ひともと) 棗(なつめ)の木  
弾丸あとも いちじるく
くずれ残れる 民屋(みんおく)に
今ぞ相(あい)見る 二将軍

乃木大将は おごそかに、
御(み)めぐみ深き 大君(おおぎみ)の
大(おお)みことのり 伝(つと)うれば
彼(かれ)かしこみて 謝しまつる

昨日(きのう)の敵は 今日の友
語ることばも うちとけて
我はたたえつ かの防備
かれは称えつ わが武勇


まだまだ続き、昨日も触れたようにステッセル将軍が,かたちをあらためて、乃木家の二人の子息の戦死のお悔やみを言い、愛馬を贈ると申し出、乃木将軍も慈しんで飼うことを約束するなど、和気あいあいとした雰囲気が歌われ、当時の日本社会の空気が、私などにはありありと読みとれるシーンを謳い上げたものでした。(朝から書いたものがミスで失われ、なかなか書き尽くせませんが今日はここまでにします。生と死、この生きものの最大のテーマについて、明日もう一度書きます)

心の風景

大きい文字昨日の散歩は、このところ日本橋界隈の魅力にとりつかれ、ているせいか、少し歩きすぎて疲れたようなきがしました。そこで今日は十思公園を一巡りして帰ってきました。私の部屋からは二千歩くらいです。昨日の早朝は、日曜日もあって、雀の声がとても賑やかでしたが、今朝は月曜で、九時には町じゅうが動きだし、コロナ自粛中ではありますが、なんとなく活気があり、公園では保育士さんに連れられた園児たちが3,3,5,5走りまわっていました。
 さて十思公園の入り口近くにある大きな石の碑ですが、よくよく見ると題字の横に、明治丙午年希典書という文字が、はっきり読み取れます。はて、希典といえば、日露戦争で大活躍した乃木大将の名前ですが・・・丙午とはいつなのか、さらにもし乃木希典だとすれば、乃木夫妻が明治天皇崩御の後、悲劇的な自決を遂げ、それが歴史的には殉死と意味づけられていた、という記憶があります。戦争に参加したかれらの令息二人はあの戦争ですでに戦死していた、とも聞いていました。
 私が小学生の頃、唱歌で水師営の会見を歌ったものがありました。題名は忘れましたが、
”乃木大将とステッセル、ところは何処、水師営”と大声で斉唱したのを覚えています。武士道の鑑のように言われたものでしたが、子供心にひたすら夫人が気の毒で、なぜそこまで、と思ったりしたものです
。この碑がいつ書かれたものか、なぜここにあるのか、題字の読みとその意味は?調べてみようと思います。
 

心の風景

土曜日は散歩に出かけていろいろ思ったことを書けずに終わった。昼食を食べながら、4,5日前からキッツチンでも聞けるラジオの設営ができたので(大袈裟な言い方ですが、余っていたもう一台を、やっとコンビニで買ってきたタップでつないだだけ)、居間と両方で)聴きながら、ラジオもいいものだ、と再認識。というのも、なんと森繁久彌の声を久しぶりに聞けたんです。それも鴎外の「百物語」にからめた、明治の風流人の遊びの話で、作者は失念しましたが、久しぶりに会った友と一献傾けているうちに、その友が不意に「実は今日?妻を殺したんだ」と」告白。ところがその友は気がつけば、とうの昔に故人だったとか、なんとか、その話にれに「金魚売り」の声が登場・・・、
・・・ ラジオで森繁久彌の声で、朗読を聴けたのもさることながら。明治の頃好事家の間で流行っていいたという100の怪談を蝋燭を吹き消しながら話しあう納涼の催しも興味深くそこへほんもののお化けの話やらが織り交ぜられ、いろいろ森繁の生涯の軌跡をたどりながら語られるのを聴きいて堪能しました。
 のどかでいながら、どこか哀調を帯びた「金魚売り」の声色などほんとになつかしかった。物売りの声、按摩の笛、門付けする虚無僧の尺八の音と、着流しの姿、断り方も独特で、伊賀の私の町では、お店の人「が「お通りぃ―」と叫んでいた声、戦前私の身辺にもいつもあった町の音が胸によみがえってなつかしかった。森繁は戦前満州(今の中国)新京のNHKで仕事をしていて、当時新京の日本人町で近所同士だった私の年長の従姉は毎日お芝居のセリフを大声で練習しているのを聴いたといっていましたが。戦後引き揚げてから、関西出身の魅力を思う存分発揮して96歳で他界。今一度古き佳き日本も悪くなかったなあと感慨にふけりました

心の風景

大きい文字
昨日の記事が、どういうわけか、突然下書きに入れられてしまい、どうしても、もとに出せません。いろいろやってみましたが、結局操作できず、諦めました。もう少し着実なスキルを身につけなければ、と残念です。
 
 今日も梅雨空ですが、8時頃はまだ雨が降っていなかったので、朝食後、散歩に出ました。2,3日前、右足指の上に、大きめの拡大境を取り落し、中指が腫れ上がって、靴を履くと痛んで歩き辛かったのでですが、毎週金曜日に来てくれる訪問看護師のYさんが、湿布紙でくるんでくれたところ、今朝は殆ど痛みは取れてさっさと?歩かるようになりました。
 
 東京ではこのところ新型コロナの感染者が日々増え、連休2日目の今朝は、どの通りも、人影はまばら、吹く風もこの季節としては、ひんやりしてここちよい爽やかさです。以前俳句誌に寄稿していた時、6月の風が爽やかと書きましたら、爽やかは秋の季語であり、清々しいと表現してほしいとコメントがあり、そういうものかと驚いたことがありました。
 季節はそろそろ大暑も過ぎ、暦の上では秋に向かって進んでいます。今朝から、また九州地方から関東まで、大雨の予告が出ていて、雨量も例年の常識を超えた多さです。気象庁から気遣われている土地にお住まいの方はさぞ不安なことと思いやられます。
 途中で、2,3買い物をして外に出ましたら、ぽつぽつ雨が降っていました。
 

お江戸散歩

大きい文字<雨もよいの今朝、金物通りから江戸通りへ、いつものように散歩しました。日本橋界隈ではまだお江戸の名残りがあちらこちらに残っています。
 最近私がよく行くところは、小伝馬町の十思公園です。わたしの住まいから900歩程度で行けるこじんまりした公園ですが、桜やケヤキ?やコナラ?の大木が鬱蒼と葉を茂らせ、夏でも薄暗く涼しい風が吹く渡り、小鳥たちの囀りがしきりに聞こえます
公園の隅に大きな石の碑がありますが,彫りつけられた大きな漢文字は残念ながら今の私には読めません。子供向けの遊具が片すみに少しあるだけで、広々した空間に数10本の樹が葉を茂らせています。
 そもそも十思(じっし)という言葉はどんな由来を持つのでしょうか?かねて疑問に思っていたので調べてみましたら、ここにもとあった小學校がその名を持っていたから、ということです。明治人の教養が偲ばれ、さらに調べてみると次の回答が得られました。
「「十思」という言葉は、中国の北宋時代の資治通鑑の中に出てくる「十思之疏」(じっしのそ)天子がわきまえるべき10カ条の戒め<同百九十四巻>)の「十思」と、小学校の開校時の所在区画の「十四」[1]が同音好字であることにちなんでつけられたものである。この由来の説明板は、十思スクエア別館の壁に掲げられている」とありました。
スクエア別館とやらには、そのうち行ってみることにして、帰ってきました。
 しかし、もともと小伝馬町は、江戸時代有名な牢屋敷のあった土地だと、かねてから聞いていました。
  吉田松蔭はじめ、頼山陽の子息頼三樹三郎など多くの前途ある俊才がこの地で命を絶たれました。
 公園の片すみには牢屋式をしきっていた巨大な石なども展示されています。伊豆のほうから運んできた巨石の一部で、高さ七尺五寸(二・四メートル)で積まれていたということです。通りの向かいにある大安楽寺は、牢屋敷が1875年(明治8年)5月に市ヶ谷(市谷監獄)へと移ったあと、処刑場跡であることが嫌われ、荒れ果てたままであったそうですが、夜になると燐火が燃えたりして怖れられていたとか。それを見た上野五代山の大僧正の山科俊海師が処刑場で亡くなった者たちの慰霊の為勧進し、1875年(明治8年)に大倉喜八郎、安田善次郎らの寄進を受け創建されたという由緒ある寺で、高野山の別院として今も俊海師の御子孫が守っておられ、一度早朝に通りかかった時、お孫さんいあたられる老住職が寺内を清めておられるのに遭遇してお話を聴いたこともありました。四季折々花や緑につつまれるこの公園、できれば朝ごとの散歩道の一つにしたいと思っています。

 
 
 3年まえ大やけどをした私のために、毎週入浴介助に来てくれるY看護師さん、4枚も張り替えた皮膚の手当てで、背中に手の回らない私に代わって丁寧に傷んだ皮膚にヒルロイドローションを擦り込んでくれるのです。美人でさっツぱりした気持ちのいい人、本好きでいいお友達です。彼女との会話が毎週楽しみなんです。先日こんな会話をしました。
「 利用者の方で、高沢さんとほぼ同年配。重篤な持病を持っていられるのに、とっても前向きなんですよ。高沢さんみたい、」
「あら、わたしは後ろ向きよ」
「え、そうなんですか。前向きだと思ってたんだけど」
「だって、私90年も生きて来たんですよ。あれやこれやと楽しいことやら悲しいことやら、いっぱい経験してきたのよ。失敗もずいぶんあるけど、視点を変えると、ひとごとみたいに思いかえせて呆れたり、お詫びしたり、まあいいや、って諦めて人間って面白いなあ、、と思うことにするの。とにかくどうにかこうにかこれまで生かされてきて有難いなーって楽しめるようになってきた」
「へーえ、そんなもんですかね」
 負け惜しみみたいな話ですが、思い出が多い、というのは確かに楽しいことでもあります。忘れることを願うより覚えているようにした方が、なんて考えてる昨近です。そろそろぼけてきたのでしょうか。

今日のブログ

 2020年の年明けから、新型コロナウイルス感染の脅威に世界中がおびやかされています。夏が来ても終息のめどが立たず、みんなお手上げ。、でも引きこもりもそろそろ5カ月、このところ身辺整理をはじめて、思いがけず終活がはかどってきたと喜んで、雨の日もせっせと小さな部屋を片付けていたのはいいんですが、昨日はつい三日前に変更したパスワードを忘れてパニッツクに。毎月投稿しているオルタの原稿送信できなくなり、若い(わたしより、という意味)編集者に来ていただいて、忘れたのはもうあきらめて、新たに作り直してやっと解決…(笑)ごとではないのですが・・・どんどんデジタル社会で取り残されていく世代の味を噛みしめています。
 前置はこれくらいにして、問題のオルタの原稿、コピーして転載してみます。昨年から小学校時代からの親友吉川さんを引っ張り込んで、互いに隔月に翻案を紹介している、オーストラリアのユニークな童話作家、メイ・ギブスのユーカリ坊やの冒険談の翻案記事です。
        
              メイ・ギブスとガムナッツベイビーの仲間たち】
                  サングルポットとカッドゥルパイの冒険⑽
 広大なブッシュの森とユーカリ樹林や砂漠のなかに、多くの生きものが棲息しているオーストラリアでは、近年でさえ、時としてい大きな山火事が、都市部にまで襲いかかります。
この春もシドニー近辺では被害は甚大だったと聞いています。これは、多種多様な生きものたちと共存共栄で大自然に立ち向かうあの国のいまだに大きな課題でもあります。

さて前回、カッドゥルパイとサングルポットは、あたらしく友達になったトカゲおじさんやほぐれ花の少女とともに、初めて人間を見た話で終わりました。そして、「ヒューマンを見ること」。これは彼らの冒険の旅の大きな目的の一つだっただけに、メイ・ギブスも、子供たちのためにひときわ筆に力を籠めたのではないでしょうか。
先住民族のアボリジニたちが、何万年もの間、独自の素朴な知恵と感性をはたらかせ、夢想や呪術を織り交ぜて生きものたちを擬人化した物語や絵を紡ぎ出し、平和なくらしを培ってきたこの南海の広大な島オーストラリアが、やがて18世紀なかばから19世紀にかけてイギリスはじめヨーロッパのひとびとに発見され、産業革命で追い詰められ生活苦から犯罪者となったイギリスのひとびとの流刑地としても用いられ、その後も先進国のさまざまな政治的、経済的思惑にからめられつつ、紆余曲折を経て、徐々に国としての形を整えました。
近代的な価値観と生活観をもって暮らしてきたヨーロッパの入植者にとって、ブッシュの森に生息するありとあらゆる動物たちと人間との共存の問題は、アボリジニとは異質の大きなテーマだったに違いありません。
メイ・ギブスの「サングルポットとカッドゥルパイ物語」は、こうした状況をふまえ、この地の特色を巧みに取り入れ、かつ近代人としての矜持も失うことなく、美しいイラストを添えた物語に仕上げています。
ブッシュの森に住む生きものたちは、新しくこの地にやってきた{ヒューマン」にも、邪悪で、自分たちを脅かす強い力の持ち主ばかりでなく、困っている生きものをやさしく助ける心と力の持ち主もいることを知ることになります。 
動物を主体にしたおとぎばなしは、数多くありますが、こんな風に野生の生物の眼で、人間を眺めたものは少ないように思います。かれらにとって新しい生き物である人間は、「マン」でも「ウーマン」でもなく「ヒューマン」なのです。
ことば一つにもどこかユニークな表現を忍ばせるメイ・ギブスの語りくちに、格差や社会的ないかなるドグマにもとらわれない自由を愛するヒューマニスムの精神と、明るいユーモラスな感性を、読み取ることができます。続きを読んでゆきます。

トカゲさんは怪我をしたのではなくて、ただひっくり返っただけで、すぐ起き上がりました。それを見てサングルポットとカッドゥルパイとその友達、みんな大喜び、早速みんなそろって例のおじさんの洋服店へ、サングルポットの破れた服をつくろってもらいに出かけて行きました。
ところが、その途中で、サングルポットは、さきほど女優のリリー・ピリーのお父さんのピリー氏がくれた数枚の映画のチケットの一枚をうっかり落とし、かれらの後からすぐやってきたほぐれ花が、それを拾いました。彼女はびっくり、ほんとのことだなんてとても信じることができないで、嬉しさに叫んでしまいましたが、それがあんまり大声だったので、トカゲさんのあとをこっそりつけて来ていた意地悪な蛇夫人に気づかれてしまいます。蛇夫人はするするほぐれ花に這い寄ってきました。そして丁度、ほぐれ花がその貴重なチケットを、帽子に挟み込むのを見てしまったのです。蛇夫人は鱗をさらさらいわせて滑るように近づいて、ほくそ笑みながらその舌で彼女を軽くはじきます。すっかり日が暮れ、あたりは暗くなっています。
ほぐれ花は疲れてお腹を空かせていましたが幸せいぱいでした。なぜってとうとう映画を見にゆくことになったんですから・・、わくわくしながら今夜の宿にする公園に急ぎました。。
蛇夫人は公園まで彼女のあとをつけてきました。そしてほぐれ花が古ぼけたシートの隅っこで、 1枚のおおきな葉っぱで身をくるむのを見ました。
犬が飼い主には嗅ぎ分けられないあらゆる匂いをかぐことができるように、ナッツも、どんなに小さな花々でも香りをもっていることを知っているのです。ほぐれ花は破れたシートの上に横たわりますが、それというのも傍に咲いていた薄紫色の蘭の花の匂いが好きだったからなんですよ。そしてすぐ眠りに落ちました。蛇夫人はすかさず、するすると這い寄ってチケットをまんまと奪います。このあたり、メイの筆は、子供たちにはいささか気味の悪い蛇夫人のなめらかな動きを、リアルに細かく描き出します。
可哀想なほぐれ花は、翌朝遅く目が覚めました。彼女はなかば夢の中で、誰かが素敵な帽子をプレゼントしてくれたみたいな気分で、そっと帽子に手を伸ばしました。あ、チケットは無くなっています!。でもすぐ気が付いてキャーなんて叫ばないようにしました。やさしい子なので、隣のシートで貧しい女の人たちが眠っているのを起こさないように気を遣ったのです。そして、いでそっとシダの葉をかき分け、ちょうど蛇夫人が穴にはいっていく姿を見つけました。すぐにほぐれ花はあとをつけました。とても暗くておそろしかったけれどもチケットは取り返さなくちゃ・・・。やがて通路の出口のあかりが見えてきました。出口からそっと覗いてみたとき、突然蛇夫人の仲間の性悪バンクシャーたちの声が聞こえてきたのです。
※注バンクシア(Banksia)は、ヤマモガシ科の属のひとつ。オースオーストラリア原産。オーストラリアのもっとも乾燥した地域を除く全域に産する。特徴的な花序と果穂を持ち、オーストラリア産の野生の花の中では有名で人気があり、庭木として利用されている、とあり、」下のような写真のものです」そんなに悪いとは思えないので気の毒ですが、なんとなく花らしくなく、タワシみたいな形で、いかつくごわごわしている感じでギブスは物語の中で、このバンクシャーを、なにかというと出没させてガムナッツたちをいじめる悪役に仕立てて活躍させています。

なかのひとりがいいました。
「あいつらは明日リリー・ピリーの映画に行くらしいぜ。トカゲのやつはその間どっかに出かけているからわしらはナッツたちを捕まえて、トカゲが探しに来る前に誘拐しちまおうぜ」、
「あはあ!」蛇夫人の声が聞こえます「それがいいわよ、あのモンスタートカゲ奴。大嫌い」
「わしらで餓死させちまおうぜ、あの太っちょナッツ゚野郎ども」別の怒った声がします
「よかろう」また別の身の毛のよだつような声。続いて蛇夫人のぞっとする恐ろしい声
「殺ししちまおうよ。醜いトカゲ奴を、ナッツ゚どもの大好きなあいつを」
  (つづく)

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