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プロフィール

高沢英子

Author:高沢英子
FC2ブログへようこそ!
 伊賀上野出身
 京都大学文学部フランス文学科卒業

 メイの会(本を読む会)代表。
 元「VIKING]「白描」詩誌「鳥」同人

著書:「アムゼルの啼く街」(1985年 芸立出版) 
「京の路地を歩く」 (2009年 未知谷)
   「審判の森」    (2015年 未知谷)     

共著: 韓日会話教本「金氏一家の日本旅行」(2007年韓国学士院)
 現在メールマガジン「オルタ」にエッセーなど寄稿。

 

東京都 千代田区在住


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ガムムナッツベービ―の仲間たち⑺    高沢英子
         森の池の蛙たち
さあ、蛇夫人のまがまがしい宣告を聞いたサングルポットとカッドゥルパイは、あせりまくりました。
蛇夫人は、かれらの、だいじな仲間のトカゲおじさんを、おひるごはんに、煮て食べるつもり、と云い放ったんですから。
大変だ!どうしよう。ふたりは、半泣きになって、早くおじさんを見つけて、助け出さねば、と大さわぎしていると、とつぜん“池だよ、蛙たちのところへ行ってみなよ!”と頭の上で、さけぶ声がしました。
見あげると、1羽のカラスが、なんべんもなんべんもくり返して、そう叫んでいるんです。
わかった!蛙さんに聞けばいいんだ。とカッドゥルパイ。すぐ近くだよ。とサングルポットも声をを合わせ探しに行こうとしているところへ、一匹の大きな目玉をぎょろりとさせた蛙が、土堤のほうに這いあがってきました。
「おれ知ってるよ。この土手裏の道を行くと、蛇の家があるのを。あんたたちの友だちは、その家の土牢の中にいるよ」   二
これを聞いた二人は、もう一刻もぐずぐずしてられないと、かれの案内で土手の裏通りを、池に向かって急ぎました。
ありました!大きな池が、おおぜいの蛙たちが、そこで、さかんに、いつものように、ダイビングゲームを楽しんでいます。
そこで、この大きな「目玉蛙」は友だちの「痩せ脚」に重々しい声でよびかけました。
「おい痩せ脚よ!この若いナッツ坊やたちは、蛇ばあさんとのトラブルにまきこまれてるんだ。この子たちのだいじな友だちが、あのばあさんの土牢に閉じ込められてる。助けてやろうじゃないか」「了解!」
「ぼくらは、ゲームしてるふりして、このナッツちゃんたちを一人づつ負ぶって池の底をくぐって、蛇ばあさんのすきをみて、彼女の持ってる土牢にいれられてる友だちのところまに、送りとどけてやろうぜ」
いうなり、彼はサングルポットを背に乗せると、高い岩の上によじ登りました。
そこで、カッドゥルパイを背負った痩せ脚もそれに続きました。
目玉蛙の背に乗ったサングルポットは、びくびくしているカッドウルパイに「しっかりつかまるんだよ。息は止めて!」と励まし、カッドウルパイは眼を閉じて、痩せ脚の背にしがみついていました。
サングルポットを背に乗せた目玉蛙は、池に、ざんぶと飛び込むと、深い水底を泳ぎ渡り、たちまち向こう岸にたどり着き、カッドゥルパイを乗せた痩せ脚も、脚をすばやく動かして無事泳ぎ着きました。
いました!トカゲおじさんは。崖下の湿っぽい土牢の中で、目を閉じ、死んだように気を失って倒れていました。手足を縛られ、身動きできないように、頭に大きな石までのせられています。これを見た痩せ蛙は、真っ青になって、おかみさんが病気なので、急いで池に戻らなくちゃ、と帰ってしまいました。
サングルポットと目玉蛙は土牢の中に入ってゆき、カッドゥルパイは見張り役です。サングルポットと目玉蛙は、トカゲおじさんの縛られている手足の紐をとき、トカゲおじさんの頭の上の石を転がして崖下におとし、トカゲおじさんは、やっと目を開け息を吹き返しました。
しっ!そのとき、目玉蛙が緊張した声でささやいて耳をすませました。遠く、洞窟の横穴あたりから、ぱらぱらっと小石が落ちる音が聞こえてきたのです。
トカゲおじさんは跳ね起きると、サングルポットを背中にのせ、外に飛び出しました。かれはもうすっかり元気です。私についてきて!と外にいたカッドゥルパイをひっつかんで「道は知ってるから」と走り出しました。
このあたりの描写は、眼に浮かぶような緊迫感があって、とてもスリリングで、きっと子ども達をどきどきさせたことでしょう。
でも、目玉蛙さんは?どうなったのでしょう。トカゲおじさんは立ち止まって、はっと耳をすませました。「目玉蛙さんはどこへ行った?」サングルポットとカッドゥルパイもじっと耳をすませました。
その時遠くで「私は無事だよ」という弱弱しい声がしてきました。
土牢から逃げ出す3人のうしろで、目玉蛙はわざと跳んだりはねたりして、蛇夫人が戻ってくるまでに、トカゲおじさんと二人のガムナッツ坊やが、無事に逃げのびられるように、命がけの演技をしていたのです。
そして、このかれの「無事だよ」という声とほとんど同時に、かれは、追いついてきたた蛇夫人に、うしろ脚を咥えられ、あっという間に、呑み込まれてしまったのでした。
長い間神秘なベールに包まれていたブッシュの森の世界を、子ども達に初めて開いてみせ、物語にして書き続けたメイギブスは、残酷なことや、悲しい話も、決して見逃しませんでした。
森の生きものたちの運命は、めでたしめでたし、と勧善懲悪の甘いおとぎばなしで終わらせることはできません。
人間社会とおなじように、生きものだって、同じ類でも親切で勇敢なのもいれば、臆病で気が弱く卑怯なのもいます。けれども、それぞれ大自然のきびしい現実に立ち向かって懸命に生きています。
ギブスは、こうした生態系のおきても、できるだけ、ありのままに描きこみ、オーストラリアの子供達に生涯発信し続け、地球のすべての生きものは、互いに生存の権利を持ち、大自然の中で、共存しながら生きていく神の被造物であることを、ひとは子どものころから、知らねばならないと、考えていたと云えるでしょう。

『メイ・ギオブス/ガムナッツベイビーの仲間たち】    高沢英子  
            ⑹
さて、トカゲおじさんはそれっきりなかなか追いついてこないので、坊やたちはそのまま歩いて行きました。
そして行く途中で、道端のとある店で、中古のおうちが売りに出されているのを見付けます。じつはそれ、蓑虫のカラなんですが、ふたりはそれぞれ1枚づつ買いました。(※坊やたちはキャップの下にお金をしまっているんです)
暖かくてちょうどいいや。夜は寒いからね。二人はトカゲおじさんが帰ってくるまで、このおうちを木にぶら提げ、中で休まましたが、すぐにぐっすり眠ってしまいました。
ところが、真夜中に、一匹のまだら猫がこの家を見つけ、くんくん嗅ぎながらやってきました。大家族を養っているこの猫は、その日は食べ物をなにも見つけられずにいたので、「カブトムシかな?でも無いよりましさ」とまさに口にくわえようとしたとき、突然怖ろしい物音がしました。
暗闇の中で騒々しい叫び声が聞こえ、まだら猫は逃げ去ってゆき、サングルポットとカッドゥルパイが跳ね起きると、恐ろしいことに2匹の熊が喧嘩して、大きな+唸り声をあげながら戦っているんです。木にぶら下げたおうちで寝ていたユーカリ坊やたちは、熊たちの大きな足で蹴り落され、草の上に転がり落ちました。幸い草はふかふか柔らかく、彼らが入っていた小さなおうちも、彼らをしっかり包んでくれていたので、怪我はなかったんですが、ふたりは怖ろしくてたまらず、その場でじっと静かにしていました。
夜が明けてみると、そこは木の実や花たちのキャンプ場のそばで、花たちや木の実もみんなキャンプ場から出てきて、ゆうべは恐ろしかった、と話し合っています。彼らは口々に言いました。
「でもこれって、いつものことなんだよね。私達はほとんど眠れないんだよ」
けれども、まだその場にいた2匹の熊は機嫌を直し、かれらに仲間入りしています。実はこの熊たちは夫婦だったんですよ。
(このあたり、当時幸せな結婚生活をはじめていたメイが挿入した、ちょっぴりユーモラスなエピソードでもあります)
カッドゥルパイがいいました。
「さあさあ、みんなドレスアップして楽しまないかい。笑っていると災難なんか来っこないよ」
木の実や花たちも、そのアイディアに大喜びし、てんでにおめかしの準備を始めました。 
その晩月が昇ると、彼らは大きな熊さんの前でダンスをしました。
熊の夫婦もとても楽しんで、一晩中大きな声で笑っていました。
ワライカワセミ夫人がこのワイワイ騒ぎを聞きつけて何だろうと見に来ました。彼女もまた仲間入りして一晩中笑い転げ、このブッシュキャンプ場は笑い声でいっぱいになりました。
そしてワライカワセミ夫人は、カッドゥルパイ兄弟を褒めたたえる大宴会を開きましょうよ、と提案します。けれども、それはこの兄弟ふたりにとってちょっと有難迷惑な話でした。だってカッドゥルパイ兄弟は、蛇や死んだ生きものを食べるなんて見たくもなかったんですもの。
丁度その時トカゲおじさんが戻ってきて、それまでの話を聞きました。そして「それなら私はワライカワセミ夫人のために蛇狩りに行ってきましょう。あいつらがどこに沢山いるか知ってますからね」
と申し出ました。かれは義理堅いところがあり、かつて長い旅をした経験も持ってますからね、とにかくまもなく大きな袋いっぱいに蛇を入れて帰ってきました。ディナーパーテイのはじまりです。
お皿に盛られた蛇を大きな嘴に挟みこんで呑み込んでゆくワライカワセミを茫然と眺めるユーカリ坊やたち。トカゲおじさんは一休みしに行ってしまいました。蛇狩りでくたびれたんでしょうね。
やっとパーテイが終わってユーカリ坊や兄弟はまた旅に出発しました。すると道の途中で、一匹の蛇が玄関のドアから這い出してきました。慌てていたらしく、口に何かを咥えています。そして
「ああ!あんたたちの友達のトカゲはどこへ行った?」と叫びました。
「ごめんなさい。ぼくたち知りません」とサングルポット。
「誰があたしの叔母さんや姑さんや3人の従弟たちを殺したんだね?」と彼女はヒイヒイ言いました。
「申し訳ないけど僕は知りません」と答えるサングルポット。
「じゃあ、誰があのひとたちが食べられるのを座って見てたんだい」と彼女は喚きました。
「失礼ですが」とカッドゥルパイが話に割って入りました
「さっきから、あなたが口に咥えているのは何ですか?」
誇り高く邪悪な蛇夫人は
「これはあたしのただのモーニングだわよ!・・・」と鎌首をもたげて昂然と言い放ち、さきほどから口からはみ出している幼虫を飲み込もうとします。
「お気の毒な蛇夫人」とカッドゥルパイは続けました。
「あなたはほかには草くらいしか手に入らないんですか?」
「あたしは鳥も朝ご飯に食べるわよ、毎朝ね」
誇り高く邪悪な蛇夫人は言い返します。
「おお!あんたは鳥を食べる。そして鳥もあんたを食べる」
とカッドゥルパイ。
蛇夫人はかっとなって、怒りで緑色になり、
「あたしの次の食事はトカゲの煮物だわよ」
と昂然と鎌首をもたげて云うと、さっとうちの中(実は穴)に姿を消しました。
サングルポットとカッドルパイはトカゲおじさんに報せなくては、と急いでおじさん探しに出かけます。

オーストラリア大陸原野での自然のきびしい現実。でも、このあたりのリアルなイラストシーンは日本の子供達にはうけないかもしれません。実は私もちよつぴりいやなんですけど・・。 
さいわいトカゲおじさんは無事でした。次回はまたまた子の坊やたちが出会う愉快な蛙たちの住む池の端の村の話と、トカゲおじさんとの再会を紹介します。







                           
 
敗戦の年の記憶ー八月十五日前後の日々    高沢英子  二〇一九年十月
昭和二十年三月十三日の深夜、燈火管制で真っ暗な伊賀上野の夜空に、突如重苦しい轟音が、けものの唸り声のように覆いかぶさってきた。はっと目が覚めた私が布団の中で身を縮めていると、少し遅れて警戒警報のサイレンが不気味なトーンで高らかに重なった。跳ね起きて傍でまだぐっすり眠っている妹を起こし、急いで枕もとに置いてある防空頭巾をかぶると肩掛けカバンの紐を握りしめ、体をこわばらせて座った。モンペや上着はずっと着たまま寝ている。不気味な響きは延々と続き、ようやく遠ざかりかけた頃、雑音だらけのラジオから、緊迫したアナウンスが流れた。
ー只今敵機B29伊賀上野の上空を通過中ー
その夜襲来したアメリカの爆撃機B29は二百七十四機。さらに南方のグアム島から四十三機、テニアンから107機、サイパンから124機の爆撃機が応援に駆け付け、大阪市を目標に約三時間半にわたって二千メートルの低空飛行で焼夷弾を投下、市街地の大半を焼き尽くした。
東京もすでに前年の十一月から百回近くの空襲を受け、年明けから激しさを増していると伝えられていた。
ラジオからは、日を追って東南アジヤの島々での日本軍の壊滅的な敗退のニュースが「玉砕」という表現で「海行かば水漬く屍・・」の旋律と共に流され、 本土決戦も間近、という声。明日をも知れぬ日々だった。
旧制女学校三年生だった私は、春から 町に新設された工業用ダイヤモンドの加工会社の工場で、勤労学徒として働くことになった。
仕事は、海軍が潜水艦探知に使う電波探知機の部品のタングステン線の製作工程で、線の太さを決まった規格に整えるのに鉄より硬度の高いダイヤモンドを使うため、小さく砕いたダイヤモンドに所定の穴をあける作業だった。二百名の三年女学生全員が、午前中は工場敷地内での防空壕掘り、午後は作業の研修を受け、仕事を開始した。
それは、フルスピードで回転する機械の先に小さく砕いた宝石の粒をハンダ付けし、小型の顕微鏡を覗きながら、もう一方の機械の先に取り付けダイヤモンドに向かって激しく打ち続ける針先をやすりで削りととのえ、ダイヤモンドが美しい山形の曲線を描きながら直径O・三からO・一八ミリ程度のサイズになるまで削り続けていくという作業だった。
ダイヤモンドは、家庭から献納品として集めてきたアクセサリーをカットしたしろもの、皇室からも放出されていると聞いた。国家存亡の時である。指輪もネックレスもいらない。お国の為になるならば、と少女達は教わった工程をフルスピードで身につけ、懸命に働いた。「月月火水木金金」という標語がお題目のように唱えられた時節。休日返上は当り前のこと。製品は絶対に精密でなければならず、審査が通らないと何度もやり直し、万一貴重なダイヤが飛んだときは、グループ全員、懐中電灯を手に床を這いずり回って捜した。
作業に熟練した私達は、いまだに両眼を開いたまま、顕微鏡にセットされた物の形態を正確にメモできるスキルが身についている。
その間にもアメリカ軍の無差別空爆は益々激しさを増した。警報が鳴るたびに私たち女学生は工場から走り出て、指示された裏の竹藪に避難、低空飛行で機銃掃射を浴びせる敵機の襲来に怯えた。警報が遅れ、避難が間に合わなかったこともある。板にブリキを張り付けただけの作業台の下に潜り込んだが、バラックの工場の屋根を貫いた弾丸が数発、作業台に突き刺さったこともあった。勤労奉仕で女学生たちが掘った防空壕は、工場の幹部たちが使っていた。
八月六日、広島に人類始まって以来の恐ろしい威力を持つ爆弾が落とされ、続いて九日、長崎が同じ爆撃で壊滅したというニュース。。
八月十五日正午、徴用の男女工員たちと女学生全員、集会所に集まるようにと告げられた。機械がすべて止まり、しんとした作業場を出てんみんな何の事か解らぬまま、集会所の土間に膝を揃え肩を寄せ合って坐った。壇上に置かれたラジオから緊張した声が、天皇自らが重大な布告をする、と告げ、流れてきたのは天皇の日本の敗戦を告げる布告、いわゆる玉音放送であった「堪エ難キヲ堪エ忍ビ難キヲ忍ビ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カントス・・・爾臣民克ク朕ガ意ヲ体セヨ」ゆっくりしてややくぐもった沈痛な昭和天皇の声は、七十数年たった今も私の耳に残っている。一瞬の沈黙の後、工場長が汗とおそらく涙で顔をてかてか光らせ壇上に飛び上がり「皆さん、私にお命をください」と上ずった声で叫んだ。女工さん達はわけがわからないまま泣き、女学生達は茫然と顔を見合わせ、言葉もない。ひと先ず解散し、家で待機せよということで帰途についた。町に人影はほとんどなく、夏空に太陽がぎらぎら輝いて、遠い城あとへと真直ぐ続いている乾いた通りを灼いていた。
まもなく広島や長崎の耳を疑う悲惨な状況が伝わってきて沖縄のひめゆり部隊の胸凍るむごい真実も知った。彼女らは私達とほぼ同年と聞いた衝撃は大きかった。畑になっていた運動場を先生方も総出で地ならしし、二学期の授業が始まった。授業の内容はがらりと変わった。都市部から多くの人々が町に移ってきた。疎開してきた女学生たち、外地から引き揚げてきた家族の娘たちを受け入れ、女学校のクラスの人数は七十名ほどに膨れあがった。町でも多くの戦死者が出ていて、私の身辺の従兄や叔父、知り合いの息子さんたちも、学業なかばで戦場に赴き二度と帰ってこなかった。伯母は「お母さん、もう目が見えなくなりました」という最後のハガキを握りしめ、帰らぬ一人息子を思っては泣いた。
この戦争はなんだったのだろうか。懐かしい笑顔を折りに触れては思い出し、苦しい記憶を抱いて生きてきたこの歳月。近年また同じことがむし返されそうな予感が日に日に強くなってきて、私を脅かしている。
オルタのひろば⒗号  2019年㋇20日
『メイ・ギオブス/ガムナッツベイビーの仲間たち】    高沢英子 
⑸サングルポットとカッドゥルパイの旅立ち
成長した二人のユーカリ坊やの義兄弟サングルポットとカッドゥルパイは、やがて自分たちを取り巻く森の世界について考えをめぐらし始めます。年取ったワライカワセミじいさんが、人間の世界には、悪い奴もいればいい人も同じくらいいる、と云っていたけど、それはほんとうなんだろうか?
ふたりは、経験を積んでいるらしい洒落者のブルー帽子のミソサザイにも訊いてみました。
「ほんとだよ!」とミソサザイはきっぱり云いました。
「ぼくは人間が住んでいる遠い町のお屋敷に、いくらか知り合いがいるからよく知ってる。その町の名はシドニーというんだ」
「ぼく人間に会いたいなあ」とサングルポットは思わず呟きました。
「ずっと遠いところにいるんだ」とカッドルパイが付け加えます。
暑い夏の夜、父さんのいびきが聞こえないくらいセミが喧しく啼き立てているすきに、サングルポットはそっとベットから滑り降りて外に出てゆこうとしました。「どこへ行くの?」気が付いたカッドゥルパイが小声で訊き「人間を見に行くのさ」とサングルポットが囁く。
カッドゥルパイは、すぐいっしょに行こうと決め二人は旅だちました。
森の中を夜通し歩いて夜明けに広い通りに出ると、からの鳥の巣を見つけ、鳥の羽を体に巻き付けて変装、誰にも何ものかわからないとほくそ笑んでどんどん歩いていきました。
それからが大変です。夜になって疲れ果てて木の洞で眠っていたら、喰いしん坊のフクロウが、ネズミと間違えてサングルポットをつかんで、同じ喰いしん坊の妻に見つからないよう飛び去り、羽音で目を覚ましたカッドゥルパイが大泣きしながら追っかけたものの、フクロウはみるみる遠ざかってしまいます。
幸い間違いに気が付いたフクロウはサングルポットを蟻の巣穴に落として飛び去り、食べられずに済んだのですが、巣穴の蟻の子供たちは災難で、何匹かの子供がいきなり空から落っこちてきたユーカリ坊やに押しつぶされる、という不幸な目にあいます。
「ごめんなさい」サングルポットは涙を拭きながら謝りました。
「母さん蟻がなんていうだろう」
ところが母さん蟻は出かけていて、代わりに夜っぴて子守をしていたナースは疲れていたのと無責任なのとで、とくに慌てもせず、「いいのよ」とけろりとして「大丈夫、母さん蟻にはわからないわよ。300匹もいるんだから4ひきや5ひきいなくなっても、全然平気」なんてけろりとしてる、ちょっと残酷な話のおちになります。
けれどもここのナースは、悲しんでいるブッシュベービ―に心を動かされる親切心はありました。サングルポットがカッドゥルパイとはぐれてしまったことを泣きながら心配していると聞くと、近くで私の妹が花のレデイのお手伝いをしていて森のことにはくわしいから、行って訊いてみな、と教えてくれました。
サングルポットが、朝まだき,露でシャワーを浴びていた花たちのところにゆき事情を話すと、花たちは早速鳥たちに聞き込みをしてくれて、遠い道端でとほうにくれて泣いていたガムナッツ坊やを見た、というニュースが届き、一羽の鳥がサングルポットをかれのところまで背中に乗せて運んでくれ、ふたりは無事に合流できたんです。森のコミュニテイーの協力です。花たちにはもちろん、美しく親切な鳥さんにもサングルポットはこころから感謝しました。
「ありがとう、マダーム」
「私の名はクジャク鳩夫人というのよ」
「クジャク鳩夫人、ぼくたち何かお役に立つことありませんか」
「おや、そうお。あたしはあんたたちが来てあたしの卵を面倒見てくれたら大助かりよ。ちゃんとお礼もするわよ」
美しい羽根で着飾ったクジャク鳩夫人、実はかなりの遊び好き、サングルポットとカッドゥルパイは、彼女の頼みを聞いて、喜んで木の上にあるクジャク鳩夫人の巣にのぼり、夫人はいそいそ遊びに出かけてしまい、長い間帰ってきません。
鳥たちのなかにもネグレクトはあるのですね。卵はすっかり冷たくなっているし、坊やたちはそれをなんとか温めようと、いろいろ撫でまわしたり蔽いかぶさって上に坐ってみたりたりしているうちに卵は潰れてしまう、という始末。
「おお!どうしよう」慌てていると、そこへ大きなトカゲがやってきてどうしたんだい?と聞いてくれました。そこでわけをいうと
「なんだそんなことならわたしが同じような卵をみつけてきてあげるよ」と言ってさっと消えると、すぐどこで見つけたのか、かわいい卵を二つ運んできてくれました。なんともいいかげんな話ですが、かれらは忽ち仲良しになり、トカゲは奥さんに別れを告げて、3人いっしょに人間を見に行く旅をすることになります。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
くりひろげられる物語は、ある程度擬人化され、人間社会の機微を織り込みつつも、オーストラリアの自然界の生きものたちの容赦ない厳しい生態をも描き出し、ほほえましく飾り気のない美しさとあたたかさのなかに、時として残酷、時として非情、時として荒唐無稽に展開します。
この物語の魅力は、それまで文明社会の生活に慣れ親しんできた人たちに、成熟した文明社会にない大自然に生きる生きものたちの生態を捉われない眼で描き出して見せつつ、勇気と好奇心に満ち、信じあい愛し合う二人のユーカリの実(ガムナッツ坊や)兄弟の素直で温かい心情や自然界の動物たちとくりひろげる子供らしい、くさぐさの冒険ばなしの
奇想天外の楽しさもさることながら、さらに作者のイラストの確かなデッサンによる、美しさ、楽しさ、面白さにもあったといえるでしょう。                        
オルタのひろば14号  6月20日
   【ガムナッツベイビーの仲間たち】   高沢英子
   
⑶オーストラリア童話の母・ナットコートのメイギブス     

前号の「ガムナッツべ―ビーの誕生」に続いて、作品に次々登場するオーストラリアのブッシュの森に住む、個性豊かなユーカリ坊やの仲間たちの紹介に入る前に、今少し、シドニーでのメイ・ギブスについてご紹介しておきたいと思います。
作者メイ・ギブスと夫のケリー・オーソリ・が、シドニーのニュートラルベイに面したナットコートの新しい家に,二匹の黒いスコッティ犬ジャミーとピーターを連れてに引っ越してきたのは、一九二五年,シドニーでは秋の初めの二月でした。
二人はそこを終生の住み家ときめ、彼らなりの楽しい暮らしを始めます。二〇年代から三〇年代にかけて、自立した夫婦の心豊かで楽しい暮らし、その頃近所に住んでいた人たちが口をそろえて証言しているように、それは大変ユニークなものでした。

彼らの暮らしぶりを描いた画家のサンドラ・ラロッシュの美しいイラストにジャンチャップマンが短い文を添えた「ある日のメイ・ギブス、ナットコートにて」と題した絵本が、それを生き生きと伝えています。
一九三九年、妻のよき理解者であり、よきパートナーだったケリー・ジエイムス・オーソリが世を去りましたが、夫の死の日でさえ、メイは仕事を休まなかったと伝えられています。大好きなガムナッベービーたちの冒険談を、今日も待っている子供たちために、辛いことはすべて忘れたのです。

海に面したアトリエで、メイの描く「ガムナッツべービーの仲間たちの冒険談」は、オーストラリアのブッシュの森深くに住む生き物たちの、夢のような共存の世界を、いきいきと描き出すものでした
メイは海を見晴るかすそのアトリエで、来る日も来る日も、年をれて仕事を続けました。

リスや、ねずみ、蛙たち、郭公や綺麗な羽のインコも、みんなメイの愛犬ジャミーとピーターの友達でした。近所の子供たちは、いつもポケットに飴玉を入れたメイおばさんと、庭で隠れん坊をするために遊びに来ていました。夜になると、ウオンバット(大ねずみ)やふくろうが、庭の木の茂みから、ひっそりとキャンバスに向かっているメイを窓越しに眺めていたのです。

そして、その家は、今も大切に保存され、記念館となって解放され、彼女のイラスト画や絵本なども展示されています。メイは一九六九年に世を去るとき、その家を国連の、世界の子供たちを護る機関、ユニセフに寄贈して、なにかに役立ててほしい、との遺言を残したのですが、残念ながらユニセフは、不動産は受け取れない規約になっていたので、実現しなかった、ということです。

やがてその家は記念館として保存されました。
規模は小さいながら、庭一面に、メイが育てた花が咲き乱れ、道に面したフェンスには、濃いピンクのつるバラが、ポーチに下りる階段は薄紫のマーガレットやホリーホックス、赤や黄色のパンジーに縁取りされ、裏庭ではオレンジがたわわに実をつけています。花壇では、ブロムやラベンダーが甘い香りを漂わせ、ブーゲンビリアの枝に止まったワライカワセミが、けたたましく鳴き、彼女のアトリエから一望の窓のむこうは、もう真青な海です。  

私が訪れたときも、いつも海は穏やかで、波がひたひたと崖を洗い、海に降りる石段の下に、ボートが1艘つながれていました。
一九六九年、九十二歳でなくなる直前まで絵筆をとり続けたメイが残した言葉は、次のようなものでした。

「人間のみなさま、どうかブッシュの森のすべての生き物たちに親切に、そして花は根っこから引き抜かないでください」

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