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高沢英子

Author:高沢英子
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日本民主主義文学界会員。メイ・サートンの会代表。詩誌「鳥」同人。メールマガジンオルタ同人。

著書:「アムゼルの啼く街」芸立出版「京の路地を歩く」未知谷
 
俳句雑誌「芭蕉伊賀」、メールマガジン「オルタ」「民主文学」「婦民新聞」などに寄稿。

現在、難病の娘の家事手伝いと孫息子の育児支援中。 

東京都大田区在住。


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草の戸随想 七月245号              高沢英子

    「転ぶ老女」の話
六月に入って初めての土曜日。このところ蒸し暑い日が続いている。今度引っ越したマンションは,高齢者向けなので、玄関には沓脱用の椅子が取り付けられ、浴室やトイレの手すりも万全。床はバリアフリーで、キッチンはガスではなくてITコンロ、床暖房まで抜かりなく整っているのに、空調設備だけがついていない。
西行や鴨長明、吉田兼好の時代とまでいかなくても、近世江戸でも、日本人の暮らしはもっと簡素で気軽だったろう。それどころか戦後でも五十年代は、大学生など友人に助けられてリヤカーで引っ越していた。
しかし、今は特別贅沢をしないでも、ひとり暮らしを整えるのにもないかとお金がかかり、手続その他も煩瑣で、ドア一つ、点灯スイッチ一つにも手が込んだ仕掛けなどがあって、操作その他が万事むづかしくややこしい。ゴミ捨てのルールなど覚えなければならないこともわんさかあって年寄りにとっては、あっさり「快適です」というところまで到達して落ち着くまで、時間と手間とが矢鱈かかり疲れ果てた。
ボケ防止などと入居者同士おたがいに慰め合ったりしているけれども、却ってボケるのではないかと心配だ。
先夜も、うっかり、寝る前に電灯のスイッチを切る拍子に外廊下の非常ランプのスイッチも押してしまい、朝の四時に携帯電話と宅電話の両方で叩き起こされた。「どうかされましたか」「え、そちらこそどうしたんですか。こんな時間にさ」「夜遅く申し訳ありません。ご近所の方からランプが点灯しているというお知らせがあったのでお電話しました。御無事ですか」「無事ではありますがね。夜遅くじゃあなくてもう朝でしょ。四時ですよね。ランプをつけてからもう六時間以上たってますよ」と寝ぼけ眼でつっけんどんに応答したりして、あとで娘に「自分が悪いのに文句を言うなんて」と呆れられた。
ともあれ、この暑さは尋常でない。夏が来る前に何とかしなければと思って、近くの秋葉原の電気街に出かけた。隣のシルバーセンタから出ている無料の循環バスに乗ったのはいいが、JR秋葉原駅の出口で、いつもと違う方面に下ろされたので、迷ってしまった。
東京の繁華街は、近年ますます街並みが複雑になり、しかもいつ行っても人でごった返している。人口が増え続け、外国の観光客やビジネスの人も多いうえにもともと、あらゆる地方からあらゆる事情を抱えて集まっている都市だから、服装もメイクも男女を問わずじつに多様である。
かつて堀辰雄が
「東京で銀座などの街角に立っていると、小説のモデルになる人物が、数分で見つかる。他の地方ではこうはいかない」
と言ったというエピソードをたまに思い出すが、今はそれどころではない。
新宿や渋谷、池袋などになると、私鉄、地下鉄、JR 何本もの路線が輻輳し、からみあい、地下道などに迷い込むと延々と歩く羽目になる。長年東京に暮らしている人でもわけがわからないとぼやいている。
さて、秋葉原も電気街として近年ますます発展し、ビルがひしめき合って入り口も分からない。きょろきょろしているうちに、突然転倒してしまった。歩いていた敷地が同じ模様のタイル貼りで、ほんのわずかな段差にけつまづいてしまったのである。体重が三十数キロくらいしかないせいか、骨折はしなかったが、膝と顔面を強打し、メガネが壊れた。
以前軽い脳梗塞を患っているので、医師の処方による血流の薬を飲んでいるために思いがけず出血がひどかったらしく、何人かの人たちが駆け寄ってきて介抱してくださったうえ、救急車を呼んでくれたので、近くの順天堂病院に送られた。病院の救急医療の医師たちは優しかった。
「おひとり暮らしですか」
「ええ」
「東京にご親族はおられますか」
「いません」
と嘘をついたが、すぐばれて娘が迎えに来た。
レントゲンやMRI の部屋で検査を受けたのち、医師や看護師が顔を覗き込みながら
「ところでお顔にシミがありますが、これは以前からありましたか」と何度か聞く。
「はあもういい年ですから加齢シミは両方の目尻にありました」
「頬骨の薄いのが折れていますが、」と言いながら医師は指を立てて
「これは何本に見えますか」「一本です」
ゆっくり動かしながら
「これはどうですか」「一本です」といったやりとりのあと
「幸い目の筋肉には触っていないようです。」
「副鼻腔に血液がたまっていますが、それは時間がたてば吸収されるでしょうから問題ありません」
という診断で、唇を四針ほど縫ってもらい、膝に絆創膏を張ってもらって帰ってきて鏡を見て驚いた。片頬一面に大きくお岩さん風のあざが広がっていたからである。顔のことで訊かれ、加齢シミと答えたときに医師が不審そうに生返事をしていた理由がはじめて呑み込めた。
自立したつもりが、またまた娘に厄介をかけ、彼女は息子に電話で伝えたらしいが
「お兄ちゃんは『あの人は、もうちょっとはじっとしてられないんかなあ』と怒っていたよ」と言った。
それにしても経過は順調で、数日後抜糸もすみ、お岩さんも薄くなってきた。
たまたま娘の家に行き、コーヒーでも淹れようとキッチンの前でうろうろしていたら、「何をしたいの。言ってくれればあたしがやるからじっとしていたら」と娘が苛々する。孫がすかさず真面目くさって「しょうがないでしょう。おばあちゃんだって生き物なんだから、動くのは」
と言ったので、思わず噴き出してしまった。
娘はなんとなく憮然としている。(この子はこの年でこんな単純さはどうなんだろう。精神年齢低すぎじゃあないかしらん・・・)などとこそこそ深刻に悩んでいるのかもしれない。最近は、何事も昔のようにシンプルではなくなった、とまた思いながらコーヒーを飲んだ。
地元のかわら版に連載しているコラムの締め切りが迫っている。今回の予定は第二次大戦の初め、ロンドン郊外の自宅近くのウーズ川に身を沈め自死したイギリスの女性作家ヴァ―ジニア、ウルフについて書く予定だった。学生時代から注目して来た作家だが、紙面の都合上九〇〇字という制限は一般にあまり知られていない作家だけにきつかった。編集者は外国文学には明るい人だがプロだけにフオローしつつも、わかりやすく書くよう注文は厳しく互いに苦労している。
なんとか書き上げたあと、ふと、たまたま本箱にあったエッセー集を手に取り目次を見ていて「転ぶ老女」というタイトルに目が留まった。よく似た話かもしれないがどうまとめたのかと読み始めた。出だしはとくに変わった話でもなかったが読み進むうちに意外などんでん返しがあり、作り話にしてもよくできている。読まれた方もおられるかも知れない。著者は二年前に急死した女優十勝花子さんだった。
内容をかいつまんで紹介すると、ある日神宮球場前の人通りの多い場所で、たまたま目の前で転倒した老女を甲斐甲斐しく介抱して感謝された著者は、一週間後、同じ場所でまた同じ老女が転び、通行人に手厚く介抱されるのを目撃、追跡調査の結果、老女は毎週同じ場所で転んでは通行人に手厚く介抱してもらい、礼を云ってとぼとぼ去っていた、というエピソードである。都市の寂寥と言おうか、老いてこんなかたちでひとの心によりすがろうとする工夫は笑い事では済まされない切なさだ。田舎で一人住まいをする年寄りの寂しさとは全く別のかたちの都市の孤独といおうか。老いてこんなドラマを演じて、孤愁の心を慰めようとするとは。人間にかぎらず、命ある限り、何かを思い、なにか演じずにいられないかもしれないが、つくづく生きものとは切ないものだと思った。



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日本リアリズム写真集団「視点」展を観て     高沢英子
   時を超え、壁を砕き、映像が語る真実の重み
六月六日から十三日まで東京都美術館で、リアリズム写真集団主催の恒例の公募写真展が開催された。今回で四十三回を数える歴史ある作品展で、今年は全国からの三千点に及ぶ応募のなかから選ばれた七百点の入選作品が展示された。
写真についてはまるで素人なのだが、研鑽を積まれた実力ある入選者たちが、奇をてらうのではなく真剣に現実と向き合い、感じるままを形に表すことに全力を注いで発信された無言の声に圧倒されながら、一枚一枚興味深く拝見した。
リアリズム写真集団は、応募作品を選ぶにあたって、作家が被写体に向かう時の志も考慮に入れる一貫した姿勢を持っておられるとみえ、入選作品も、観る人の魂に訴えかけ、印象を灼きつける映像のちからと気迫が感じられ実に多彩だ。近年の災害の傷跡を生々しく伝える映像、時を超え人間が生きていく姿のひとつひとつが、心に沁みた。
特選の小形佳昭氏の津軽海峡冬景色や、黒川千穂氏の津軽早春の美しさには息を呑んだ。猪狩英司氏の福島七年に籠められた静かな諦念、大石千恵子氏も、伊藤廣氏、清水和雄氏も、それぞれカメラの持つ可能性を大きく生かした画像構成がユニークだった。奨励賞の宮本壽男氏「長い付き合い」には、身につまされ、野呂彰氏「終の棲家」では、生きて来た山坂を問いたくなる切なさがある。本郷浩氏「望郷」渡辺章弘氏「失われた時間」の、感傷すら許されない厳しい現実。佐々木雄こう( )氏の「物売りの少女たち」の眼、近藤恵美氏の「祈りのガンジス」の異の世界、いずれも衝撃的だった。
ひるがえって優秀賞の西村隆男氏の「帰り道」。老婆の顔がなんとも言えず、雪のなかを辿る二人に空高く雲間から射す太陽、まさに一幅の絵だ。夏目安男「川のまち江東」では、都心の雑踏とは別の東京の顔をみる思いである。中西勝男氏の「さんぽみち」―荒川土手は、昆虫や土筆ん坊と、遠いマンション群やジョギングの人々が明るい色彩のコントラストと遠近の効果など巧みに構成され、大地の生きものたちとともに生きる現代の平和と自由を、しみじみ味あわせてくれる。
さらに応募者が抱く不条理に対する怒りや悲しみに対する取り締まりの警察官の視線を被写体として切り取った谷口亙氏の「辺野古で今」に、思いがけない斬新さがあった。彼らも同じ人間としての立場と、ドラマを抱えている点に着目した映像で、大きくとりあげたのは、社会性を重視するリアリズム集団の姿勢ならでは、と思った。
黒白写真が語る過去の無惨な名残の前で、私の足は度々止まった。橋本義昭氏のカラー写真「足尾2017」の映像と長谷川雅一氏の黒白写真の静の世界「足尾・在りし日」の茫々とした風景は、忘れ去らの暗黒の遠い記憶を、今ひとたび呼び覚ました。
そして功力俊文氏の作品「闇は今も続いているー下山事件から69年❘」という題名の5枚の写真、京都の女子専門学校の宿舎舎で、私と同室になったのは亡き下山総裁の姪だった。私の娘は事件に関心が強い。洗足池あたりを通る度に「下山さんはこの道を通って行かれたのよ」と呟いて私の注意を促す「ひどい事件!政治的意図と卑劣な裏切りの匂いがしている」と。今JR常磐線を列車は何事もなかったように走り、黒い有刺鉄線が不気味に絡む。選ばれてよかった。過去は消えない。
宮原恵子氏の「重慶十八梯の今」重慶と聞くと私たち戦前派はぎくりとする。重慶と蒋介石は日本国民が叩きのめさねばならぬ悪の権化と教えられたが実は古い生活の歴史と暮しがあった。繰り返された爆撃。悪は日本の側ではなかったか。今という語は様々に読み解くことができる。
老いや病いの不安をかかえ、支え合う姿をとらえた写真のかずかずに、生活の情感をなぞる視線の暖かみがみなぎっている。そして社会現象に着目した視点によるものばかりではなく、日本の風土が醸す一瞬の美しさをとらえ、見事に写し取った作品には、思わずほっこりさせられた。日本の風土の四季折々の山野が見せる賑わいや、旅情をそそるはなやぎと、侘びや寂びといった詩的な情緒を、見事にとらえた作品も少なくない。今後も、こうした写真がもっと生み出せる地球であって欲しい。
大田民主文学を読む会のメンバーで、文学作品についても的確で鋭い発言をされる平山 謙さんは、風景写真でも、美しさを見事に表現され魅了されてきた。今回選ばれた被写体は、長野県信濃町、戦前の古間村の小さな集落にある浄土真宗称名寺の「石の鐘」だ。黒白の画像で、鐘楼には鐘ならぬ縄でしっかりゆわえた大きな石がぶら下がっている。鐘楼の下の石に腰を掛け、茫々と広がる田畑や遠くの里山や森の樹々を見詰めている老女は、寺の住職佐々木五七子さん(八十九歳)で、鐘は昭和十七年接収され、武器にするため潰された。寺では代わりに巨大な石を吊るし、今もそのまま吊るしてあるという。「いい音でね。四方に響き渡ったものなの」と彼女はしみじみ回顧する。集落では、満蒙開拓に夢を抱いて家族で移住し、結局、あるじは戦に駆り出され度と帰ってこなかった。怒りを込め、石は今もそのまま吊るしてある。戦争は嫌だ。二度と許さない、と固く心に決めている。写真は、言葉だけでは実感できない無言の意志の力をも示す。 
作品すべての感想を述べることはできず、心残りだが、写真が物語を語りかける力と奥行きの豊かさにあらためて感動した。 



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