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高沢英子

Author:高沢英子
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日本民主主義文学界会員。メイ・サートンの会代表。詩誌「鳥」同人。メールマガジンオルタ同人。

著書:「アムゼルの啼く街」芸立出版「京の路地を歩く」未知谷
 
俳句雑誌「芭蕉伊賀」、メールマガジン「オルタ」「民主文学」「婦民新聞」などに寄稿。

現在、難病の娘の家事手伝いと孫息子の育児支援中。 

東京都大田区在住。


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読書会の報告

9月11日(火)第10回メイ・サートン読書会:ティールグリーンで。
 夏休みを終え、連日30度を超す残暑の中で、定例の読書会をすることが出来ました。ときあたかも、伊丹市在住の木工作家、想造工房の奥田守保さんと、画家の千珠夫人の手になるユニークで愉しい木工作品の展示が行われていて、木の薫りの漂う柱時計、天使の羽の椅子、小さな木切れをそのまま使っての美しい家々の模型に囲まれ、内庭に面した静かなお店の奥で、いつも通り読書会を持ちました。出席者四名。メイ・サートンが1973年にに発表した「独り居の日記」武田尚子さん訳、をテキストに、この日は、「11月18日」の項から「12月2日}までを読みました。。
若きころ、たまにはお茶に招かれたヴァージニア・ウ、孤独なこころを励ますサートン。12月2日の項はとりわけ心を打たれました。「人は地上にある生涯のすべてを通して、自らの霊魂を作る」という箇所に点線を引き、ティヤール・ド・シャルダンの、「個人的業績という展望を無限に超越し、・・・もうひとつの作品、世界の完成という共同作業に加わるべき」との説に、魂を昂揚させるくだりです。巻末の武田尚子さんが、そのすぐれて密度の高い解説で引用しておられる詩の一節がこころに沁みます。
 -たとえ私の創造の力が衰えても
  孤独は私を支えてくれるでしょう
  孤独に向かって生きてゆくことは
  「終わり」に向かって
  生きてゆくことなのですからー

ほかにも日頃彼女が愛読する、詩人や作家の名が挙げられ、知名度の少ない作者のプロフィールを調べて簡単に紹介したり、ふと立ち止まって考察したり、ゆっくり読んで、終わりました。遅々とした歩みながら、確実に何かが根を下ろすことを期待しつつ。
 次回は十月九日、午後2時から、都合で、場所はヒルズ久が原の多目的室で、行います。参加歓迎します。
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モーリーン・ウオルシュ著「メイ・ギブスーガムナッツの母」高沢英子訳2012・9・10
   
 序:ガムナッツの母
  
-どう言ったらいいか、説明するのはむつかしいことなんだけど、わたしには、わたしが、あの可愛いちっちゃな生きものたちを見つけたのか、それとも、もしかして、ブッシュ・べービーたちのほうがわたしを見つけたのか分からないのよ。
  1968年、メイギブスのインタビューより 

 先住民族のもっていた伝説や伝承に包まれた豊かな土地を植民地としたにもかかわらず、新しい移住者たちは、生まれ故郷の異質の慰さめと独自のファンタスティックな生きものたちへの郷愁を、オーストラリアに持ち込んだ。
 一世紀以上もの間というもの、ブリテンの童話に登場するすべての空想の生きものたちーアイルランドの小妖精レプレコン、ウエールズの水の精ケルピー、スコットランドのお手伝い妖精ブラウニ―、そしてイギリスのいたずら妖精ピクシーたち、仙女、悪鬼たちーこれらがオーストラリアの白人の子供のための標準の読み物だったのである。それらには、現実に彼らを取り巻いている野性的な風景とは程遠い色美しく描かれた優しい花々や、毒キノコが点在する牧場、バラの花に囲まれ、豪華な衣装をまとった仙女がたそがれの淡いパステル調の色彩のなかで漂うトンボの翅に包まれて描かれているという風だった。オーストラリアのこどもたちが、彼らがいまおかれている環境が、真のお伽の国ではないと、きめつけたとしても、驚くにはあたらないことだったのである。

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