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高沢英子

Author:高沢英子
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日本民主主義文学界会員。メイ・サートンの会代表。詩誌「鳥」同人。メールマガジンオルタ同人。

著書:「アムゼルの啼く街」芸立出版「京の路地を歩く」未知谷
 
俳句雑誌「芭蕉伊賀」、メールマガジン「オルタ」「民主文学」「婦民新聞」などに寄稿。

現在、難病の娘の家事手伝いと孫息子の育児支援中。 

東京都大田区在住。


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サートンの会のご報告をかねて、今後もまた、いろいろ書いてゆこうとおもます。よろしく。
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少し古い写真ですが、部屋の窓から見た夕映えの一瞬の光景です。写真は素人以下の腕前ですが、時々は、なにか入れてみたり、日常的なもろもろの随想など織り交ぜながら書きます。
ところで、メイの会は今も少人数ながら、ほぼ毎月例会を持ち「独り居の日記」の読書会を続けています。カフェでの読書は少し都合があって、今は又、久が原の会場でやっています。7月30日(火曜)には真冬の1月の部分を読みました。ニューハンプシャーの片田舎の冬、零下23度、しんしんと降り続く雪の中でただひとり在る寂寥、虚ろな気持ちを抱えて孤独をみつめる詩人の独白が書き連ねられます。
 冬はわれわれ凡なる者をさえいやおうなく、詩や哲学にいざないます。外は暑熱の東京で、清冽な涼気を味わいました。
 8月は夏休みをとりました。
 9月24日(火曜)13時から、また会を再開いたします。メンバーに一人新たな方を迎えました。長年小説執筆に取り組んでいられるKさんです。
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会報

十一月十六日
 夜のウオーキングの帰り、マンションに来てくれた間山さんと村上さん。いつもながら心強い助っ人で、会報つくりを手伝ってくれることになった。
 A4見開きで、どの程度豊かなものができるか。これからが楽しみ。
 
 私にはもうひとりどうしても日本に広く紹介したい女性がいる。オーストラリア、シドニーで活躍した童話作家メイ・ギブスがそれである。前からそれを知っている間山さんと村上さんの助言で、会報のタイトルは、会員にもはかり<Mayの会>にしたらどうかと考えている。
 長い生涯を節を曲げることなく個性豊かに生き抜いた二人のメイ。性格も傾向も異なるが、サートンばかりでなく、アーティスト、ギブスのこともまた、書きたいと考えている。
十月二十一日
雨が降り、冷たい湿った一日。下丸子のマンションの1隅にあるカフェで会合。五日から読み始めたENDGAMEの続きを吉川が担当。五月末まで読了。
 
十月二十二日
 新しく参加した若いMさんと話し合う。英語も堪能で、PCは可なりできる模様。心強い。ミニコミ誌編集ではベテランのS・Mさんと、イラストレーターのMさんも協力を約束。足踏みしていた会報つくりに向けて、急ピッチで具体的な企画を進められそうだ。
 
 さしあたり、会の作業として、次の分担を決めた。

 ENDGAME全文の意訳; 吉川が担当
 日記中に頻繁に出てくる植物や鳥たちの名称や説明の整理:M担当
 サートン特有の言葉による暗喩、単語の文学的表現、引用作家その他の注解:高沢

十月二十二日
 会報作りの下書きメモとして下記のような広告を作成

★<メイ・サートンの会を作りました。何をするか?これからみんなで考えます。

メイ・サートンはベルギー生れで、アメリカでその生涯の大半を過ごした女性です。詩人であり、多くの小説や戯曲を残し、すぐれた日記作者でもありました。1995年アメリカのメイン州、ヨークで、その孤独な83年の生涯を閉じました。

晩年に書綴った日記に、私たちは、一人の孤独な女性が、老いと向き合い、衰え行く肉体を、強い意思と気力で支えつつ、いかに真実に生きるかを日々問い続けた苦闘の跡を見ることができます。

私たちは隔週に集って、これらの日記や詩を読み合って話し合い、私たちに今出来ることは何か?サートンの言葉を学びながら、この国で、同じ女性たちと、手を携えて、真に幸福で満ち足りた、心豊かな人生を享受して生きるには、なにをはじめるべきか?、を模索し、実践し、静かにゆっくりとしっかりした連携を作り上げたいと願っています。

 賛同くださる方は会員にご参加下さい。会費は無料です。読む会に参加し、情報をお寄せ下さい。お待ちしています>

 



第一回 五月二十日 木曜日  
 高沢が始めて吉川宅に招かれ、サートンの作品、邦訳、原書取り混ぜて数点持参し、サートン文学の魅力を説  明。二人で会の形で研究することで合意しました。サートン会発足の日です。
  因みに高沢と吉川は小学校時代からの好ライバル。いずれも少女時代から英語や外国文学に親しみ、互いに適 度の距離を置きつつ行動をともにすることも多かった。進学は別のコースを選び、その後それぞれの道を歩んで きましたが、女性としての長い旅路の終わり、たまたま東京で再びめぐり会いました。
 こうして二人だけの困難で孤独な旅が又始まったわけです。今後はひとりでも多くの賛同者、愛読者とともに、  サートン文学の魅力と女性力について、存分に語り合いと思っています。入会歓迎。初心者歓迎。特に孤独な 女性(一人暮らしという意味ではありません。誤解のないように!)大歓迎。宜しくお願いします。
 
第二回 六月十七日 木曜日  
 吉川がアマゾンで手に入った邦訳と原書を用意して読みはじめている。二人で「独り居の日記」の冒頭部分を原 書で読みながら、今後の会の進め方を話し合う。原則として、月2回 第二、と第三木曜日 十一時より二時まで、作品の読み合わせと感想を話し合い、それぞれ文書化すること、をきめる。

第三回 七月八日 木曜日
 本格的な暑さ到来。「いまかくあれども」について、話し合い。
 「婦民新聞」の編集長、及び「日本民主文学会」の幹事の方に資料を送り、記事にできないか相談する。

第四回 七月三十日 金曜日
 「私は不死鳥を見た」について。サートンの受けた驚異的な教育を吉川は羨ましがることしきり。
 娘時代のヨーロッパ体験の回想も素晴らしい。

第五回 八月六日 金曜日
 婦民新聞の掲載決まる。1000語のコラムで、という話。民主文学界では、サートンの名は浸透しておらず、 難しい気配。   作品論ならばいいかも、日記は少し未知数、というような返答をもらう。
 作品もいいが、やはりサートンは日記が一番といった話をする。
 
第六回 九月二日 木曜日  
 残暑。、酷暑の中を会員の吉川さんの自宅に急ぐ。五月二十日に初会合を持ってより、今日は6回目の会合。吉川家は目黒駅に近く、ゆったりしたリビングルームを会場に提供され、のびのびと心ゆくまで情報交換と会報つくりに励んでいる、といえば聞こえはいいが、実は幼馴染の気安さで、のびのびが過ぎて、しばしば脱線しがち、ともすれば、非日常的、文学的に傾く高沢を、自制心に富んだ良識ある吉川が支えている。いい会になるよう期待している。
 先日北軽井沢で吉川のカメラでとった写真を整理した。生憎、プリントアウトのあと、うっかり削除してしまったということで、ここにお見せできないのが残念。吉川がいま専心写真を復帰させようと取り組んでいるので、この記事にいずれ写真も掲載したいと思います。
第七回 九月十六日 木曜日
 今日は詩の朗読をすることにし、最晩年の自選集から編まれた「一日一日が旅だから」より、
  新しい地形
  メランコリー
  ときどきわたしは死にたくなる
  至福
  八十歳を迎える
をそれぞれ一聯づつ、ゆっくり交互に読んだ。
 吉川より、「独り居の日記」の十二月二日の記述で、ティヤール・ド・シャルダンの「神のくに」よりの長い引用のあと、
「われわれは、霊魂を創造していると信じられるときはじめて、人生に意味を見出すことができる」という言葉について、霊魂を創造している、というのはどういう意味なのだろうという質問があった。

第八回 九月三十日 木曜日
 目黒で。
第九回 十月八日 金曜日
 下丸子 カフェ ボーリバージュ
    昼食後キッズアリーナテラスに移動。
第十回 十月二十一日 木曜日 
 下丸子 カフェ
 エンドゲーム 吉川が五月前半を訳出、   
★★★★★★★★★★★★★★ 
       六月~八月までの特記ニュース

☆六月七日
 アメリカ在住の訳者武田尚子さんにメールを送り、懇篤な激励のお返事を頂く。別項に全文を掲載。

☆七月一日
 武田さんのご紹介で、軽井沢在住の声楽家、竹前文美子さんよりメールを頂く。サートンを愛する読者の一人  で、以前大田区の自宅を開放して音楽ホール「スペース・桐里」を経営。15年位前、このホールで、訳者武田 さんの講演会を開かれ、武田さんは、ご子息のピアノ演奏で、詩の朗読もされたとのこと。会への参加を申し出 られ、感激する。  

☆八月四日
  今日からいよいよ軽井沢FMで、水ー金曜日 朝7時50分より、竹前さんの番組が始まるので楽しみに聴い  た。今日は植物の話。私の1冊というコーナーも作られたということだが、今週はまだ始まっていない。第一 回はサートン、ということで、楽しみだ。

☆八月十八日
 すでに、賛助会員として、ご紹介した声楽家、竹前文美子さんが軽井沢FMの朝のトーク番組で、サートンの日 記の紹介と共に、詩集「一日一日が旅だから」のなかから<1杯 の水>を朗読され、すばらしかったです。サ ートンの詩が持つ力強い生命力が溢れるような朗読でした。

☆八月十日、二十日合併号の婦民新聞に、高沢のコラム「日記のすすめ」が掲載されました。記事中サートンに言及しいるので持参しました。婦民新聞には、引続き来春から月に一度の連載が始まる予定で、日本の古典文学や海外の日記文学にふれながら、身辺の事など、気ままに書い下さい、との注文で、どのような展開になるかわかりなせんが、はじめてみます。
 
☆八月二十四日
 北軽井沢で高沢の義娘(息子の妻)阪本牧子のピアノコンサートが開かれ、高沢は娘大野洋子の運転で洋子の長男の航を連れて出席。吉川も新幹線で駆けつけ、始めて竹前文美子さんに、北軽井沢鎌原のカフェ・フルールでお会いした。カフェのオーナーの広瀬尚子さんは、高沢の友人だったので、特に店を開けて下さり、ハーブティーと手作りの玄米野菜カレーを頂いて歓談した。広瀬さんも、上京の節はサートンの会に出席してみると申し出られた。
 コンサートが始まる直前、生憎の土砂降りの雨となったが、コンサートは無事終了。鎌原の阪本宅でうちあげパーティを開く。夜の打ち上げパーティご出席者は次の人々。
 声楽家竹前文美子さん。慶応大学総合政策部渡辺頼純教授。経済学者でライターの吉本佳生氏(スタバではグランデを買え!、他著書多数)夫妻(夫人は広島市大教授(英語学))と6歳の坊や孝希君、吉川、高沢、阪本俊生、牧子夫妻、息子英作(慶応大一回生)周平(小学四年)大野洋子。航6歳。ついでながらその夜のピアノコンサートのプログラムは下記の通り

     阪本牧子 北軽井沢ピアノコンサート:プログラム
        リスト       3つの演奏会用練習曲から第3番
        ショパン     スケルツォ 第2番 Op。31
        ベートーヴェン ソナタOp27 月光                                  
        ドビュッシー   ベルガマスク組曲より 月の光
        ガーシュイン   ラプソディ・イン・ブルー

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