プロフィール

高沢英子

Author:高沢英子
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日本民主主義文学界会員。メイ・サートンの会代表。詩誌「鳥」同人。メールマガジンオルタ同人。

著書:「アムゼルの啼く街」芸立出版「京の路地を歩く」未知谷
 
俳句雑誌「芭蕉伊賀」、メールマガジン「オルタ」「民主文学」「婦民新聞」などに寄稿。

現在、難病の娘の家事手伝いと孫息子の育児支援中。 

東京都大田区在住。


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2014年初夏近況

2014年 6月7日 土曜日
 早朝4時、夜が明けてきました。雨はまだ続いています。東京も入梅らしい。気温は20度前後。、ベランダに出ると、やや肌寒いが、風はほとんどありません。眼を凝らすと向かいの園庭のケヤキや樫の大木の葉先がかすかに揺れている程度。昨夜泊まりにきた孫息子はまだ片隅のベットでぐっす眠っています。
 灯りをつけずに横たわりながら、29日に文化会館でランチを頂きながら武田尚子さんや、日中問題研究家の福岡愛子さんと広い庭に面した喫茶室で、まわりの客の話し声に負けそうになりながら大声で話し合ったこと、書きかけのオルタの原稿の、明治期のジェンダー問題をどのようにまとめていこうかなど。
 ロラン・バルトが来日したあと「表徴の帝国」と訳された本を書き「日本の文化は中心が空虚である」と書いたという。さすがに鋭い。日頃私が漠然と感じていたことを見事に言い当てている。と直感、図書館で借りて読んでみようと考えました。私が明治の女性問題やその解放の道程を辿りつつ、書きあぐねていることも、それが大きな障壁のように立ちはだかっているからではないか、と思う。上野千鶴子さんの嘆きもそこにある。彼女は賢いから、ストレートに書いたり、怒ったりしないが、見通している、と思う。
 芭蕉伊賀に掲載予定の中欧の旅のつづき、ブランデンブルグ辺境伯フリードリッヒとベルリン、その壮大な博物館、メルケルとプーチン、近郊にあるかつての州都ポツダム、断片的に想念が流れて行く。とにかくヨーロッパはややこしい。その原稿が済むと、あと、先夜来民主文学の鶴岡さんや清川さんに約束した二十日ごろまでに書く麒麟に書く予定のストーリーとエッセー、。起き上がってパソコンをつける。
 先月は娘の転倒、骨折、入院、手術というアクシデントがあり、家事と育児に追われて机の前に坐る時間もなく、日々が慌しく過ぎ、メイの会の読書会は休会にしなければなりませんでした。その少し前に、手続きを始めた、インマヌエル中目黒教会への転入も延期しています。
 娘が無事退院し、自宅療養に入ったので、久しぶりの休日ですが、今日は散歩も出来ないかも。 脚の麻痺とむくみが少しひどくなり、歩くとき重さを感じるようになっています。
 孫と同い年で親友のA・K君が、今日二子玉川の音楽館で、チェンバロでバッハのイタリヤ協奏曲?を弾くそうです。初デビューでイタリヤ語で挨拶しなければならないので、先日我が家の娘からイタリヤ語の挨拶を速習して帰りました。娘は聴きに行けないので、私が孫と聴きに行こうと思ったのですが、孫は別の友達と前からの約束があるというので、残念ですが諦めることにしました。
 
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# 会の経過

十二月六日
 秋の読書会は九月二十四日から始めました。出席者は吉川佐知子、沖森佐紀子、高橋和子、鏡政子、高沢英子の5名でした。会場は久が原の多目的室で、残暑はまだ厳しく、大きく取られた広い窓からは、庭の緑がまぶしく輝いている午後のひと時、アメリカのニューハンプシャー州ネルソンの30エーカーの敷地に立つ古い家で独り過ごす詩人メイ・サートンの日記は2月8日、長い冬がようやく去りつつある晴れた日、久しぶりに友を迎え、暖炉の傍でのお茶のあと、野の散歩に心弾ませる記述から始まりました。シジュウカラが春の歌を歌い、丘を見晴るかす広い農場では、牧羊犬に守られた羊たちや猫たちが2人を迎えます。
 夜に入ると、また1転して戸外は雪嵐。一夜明けて、詩人は「外出しなくてもよいありがたさ、考え、存在するための一日が、そっくりあるのだもの」とペンを置くのです。
 嵐の数夜が明けて2月9日は、外は銀色に氷化した樹々と、四月の空と、雲の裂け目から輝く日光。これは私の心象風景とそっくり、と呟く詩人。鸚鵡のパンチと野良猫と、シューベルトの即興曲。独りで居る事のかずかずの内省と、そこから作り上げる創造、生きる事の意味を問い続けながら日々を過ごし春を待つ。
 13日、部屋中春の花にかこまれたバレンタインの日。ユングの光と闇の意識について2つの文章を引用して終わる。次回十月八日を予定。、

メイの会近況

2013年七月三十一日水曜日
 身辺の事情で、長い間記録を怠ってきたことを深く反省しています。メイ・サートンの読書会はずっと続けてきましたが、メンバーによる活発な読書コメントは特に無いまま、盛り上がりに欠けるのが、会全体の運営にも物足りなさを感じさせて居るようで気になります。
 和気藹藹はいいのですが、お世辞にも活発な活動をしてきたとはいえない状況です。読書経験の深まりはあまり期待できない状況で、もう少しなんとかしたいと考えているところです。 
 テキストは「独り居の日記」武田尚子訳を、ところどころ原文を参照しながら実に延々と味わっているわけですが、時代背景や国情も異なり、詩人の日記というだけに、文学的香気とやや難解な哲学的思考が混在し、ストーリ展開なども無く、日常から少し離れた特殊な内容から、たがいに共感し、体験を共有する醍醐味は味わえない嫌いがあるかもしれません。しかし、それこそがこの本の尽きない魅力であることを考えれば、まだまだやりようはあるのではないでしょうか?悩むところです
 前回は六月二十六日、出席者4名で2月4日と2月5日を読みました。七月八月は夏休みとして、又秋から
一つでも二つでも魂に響く言葉を拾い出して考察してゆきたいと考え、記録を再開することにしました。
 
サートンに限らず、私の個人的な読書紹介なども付け加えてゆければと考えています。

 

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