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プロフィール

高沢英子

Author:高沢英子
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 伊賀上野出身
 京都大学文学部フランス文学科卒業

 メイの会(本を読む会)代表。
 元「VIKING]「白描」詩誌「鳥」同人

著書:「アムゼルの啼く街」(1985年 芸立出版) 
「京の路地を歩く」 (2009年 未知谷)
   「審判の森」    (2015年 未知谷)     

共著: 韓日会話教本「金氏一家の日本旅行」(2007年韓国学士院)
 現在メールマガジン「オルタ」にエッセーなど寄稿。

 

東京都 千代田区在住


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バナナと戦争

 引越しが13日金曜日に決まりました。え?そんな日に?と娘に言われて気がつきましたが、あとのまつり、イエスのこと忘れていたわけではありませんが、業者の都合や私の予定や、こもごもあったうえ、厄日を気に掛けるタイプでもないこともあり、この日に。
 今日も東京の空はよく晴れています。脚は相変わらずあまりスムーズに動かないので、部屋の中でラジオを聴いたり、引き出しの整理をしたり、リハビリを受けたりの日々です。
 ここに来てから、テレビは持たず、もっぱらラジオ、それも天気予報とニュースと交通情報程度、その時々で、入ってくる情報を聞いていましたが、中には楽しいことや、感心することや、さらにびっくりしたり、呆れたりいろいろ収穫はありました。
 まえおきはさておき、昨日はDJで日本の歴史上3大災厄(災害は別として)は飢え。戦さ、疫病ということで、疫病がどのように歴史を変えたかという話でした。途中から聞いたので、らじるらじるの聴きのがしをクリックしたところ、本命はともかく、別の思いがけない特集を見つけました。それは戦時中のビルマ、インパール作戦の悲劇の生還者101歳の老人へのインタビューだったのです。101歳とは思えぬしっかりした語り口、記憶も確かで、身も心も引き締まる話でした。急いで字幕をコピーし、じっくり考えようと思っています。印象的だったのは、人間は戦争などは絶対してはいけない、ということ、何がなんでも生きなければならない、と思う、という言葉。インパールでの悲惨な戦友たちの死のありさま(白骨街道)には身の毛のよだつ思い。あそこまで戦争をひっぱって、兵士たちを見捨てた軍部や、敗戦を認めようとしなかった政治の中枢にいた人々の無謀で出鱈目で非人間的なやり口にあらためて怒りがこみ上げました。
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 10月もいよいよ終わり、今日配達された生活クラブの野菜や柿やその他もろもろと一緒に機関誌「生活と自治」11月号。大判47ページくらいの薄い小冊子ですが、時々なかなか面白い記事があるので、今日も午後の読書の楽しみに取り分けました。・・・。たとえば森達也さんの「強い風に吹かれるばかり」拾い読みでもなかなか鋭くて、うんそうそうと惹きこまれ、今日の題はそこから貰ったもの。作家辺見庸さんのエッセー「『死』の近さ」と共に読みごたえあり、まさにわたし流「停止しない思考」(森達也さんのテーマ)の時を過ごせそうです。
 飯田市の自然エネルギーの取り組みも、町田市の里山に住むお百姓さんグループの「食べる人が身近にいる幸せ」の地場生産組合の皆さんの笑顔も素敵です。ただ残念ながらめっきり弱くなった目のせいで、今夜はもう休んで、もう一度じっくり読んで私の「終わらない思考」の肥やしにして、いろいろコメントしようと思います。大田区への引っ越しも近いので、明日すぐ書けるかどうかはわからないのですけれども、いづれ必ず・・・どうかお楽しみに大きい文字
 夏ごろから少しづつ歩くたびに脚が痛むようになり、リハビリを受けて、良くなったかと思うとまた悪くなる、という繰り返し、これまでのように、自由に散歩ができにくくなりました。 
 坐骨神経とかいう御診断ですが、ブログも大分お休みしました。
 けっきょく、11月からもう一度娘のところで厄介になることに・・・・。千代田区で3年、それなりに充分楽しみましたが、また大田区久が原で暮らします。マンション前の広場には美しい庭があり、四季折々の風景はまた楽しみです。談話室もあるので、コロナの心配がなければ、お訪ねくだされば、いろいろお喋りも楽しめるのですが・・・・・、まったく困難なご時世で若い人たちは殊更気の毒ですね。
 4,5日前に引っ越し便を出し、がらんとした部屋で、冷蔵庫や電子レンジのない生活、買いおきもままならず、食べ歩きもできず、ふと、子供時代ン愛読書だった「ロビンソン・クルーソー」を思い出しました。もう一回是非読み返したいと思っています。
 くらべものにはならないものの、工夫しながら暮らす知恵にほとほと感心を超えて感動したのをなつかしく思い出しながら、フライパンで焼いた焦げたパンを齧り、苦い紅茶を淹れてバナナを食べ、苦笑しています。
 

無象風景

大きい文字9月12日、久しぶりに千代田区の循環バス「かざくるま」で神田の学士会館へ行ってみました。自室にいると、どうも気が散って何事もはかどりません。おまけに暑さは少しも収まらず、狭い部屋でうだっているよりと、9時過ぎ部屋をあとに。10時過ぎ神田錦町停留所で降り、ぶらぶら歩いて、錦町2丁目?のちょっとしたスペースを利用したスクウエアに植えられているショウジョウノムラという銘つき紅葉の臙脂色の繊細な葉を観賞し、並んでいるウスキ木犀とやら、クロガネモチとやら、ヤマボウシというたくましげな樹につけた名札を見て、片隅の小池で泳いでいる緋鯉に挨拶したりして、博報堂の前を通ると、もう目の先が学士会館です。
 ここにくるのはしばらくぶりでしたが、1階の談話室は誰もいないでひっそりしています。しめしめ、と思って窓際に席を取り、アマゾンを通じて書店に注文した西田幾多郎先生の「善の研究』を読むことに。、なんとなく
 しみじみ学生時代近くに住みながら、この本を読もうとしなかったことを反省しました。大学の近くに「哲学の道「」とやらもあり
なんとなく気がすすまなかったようなわけでした。何しろ超生意気でしたから・・・それにしても、その2,3年前、文学部の哲学科で殺人事件があり、女子学生が同学部の学生に殺されたりしたこともありました。そのとき聞きかじった事件の解説めいた文辞を
のちに高橋たか子に教え、彼女はそれを自作の小説「誘惑者」に書き入れています。自殺ほう助の小説でしたが、計画を練る部屋が、また私が当時止宿していた下宿の部屋そっくりという次第でした。長く生きると、ふとしたことにも、妙なしがらみがまつわりつくことがしばしばあります。
 西田哲学の説く「純粋経験」はあらゆる芸術創作、文学においても勿論大切な視点を、示唆していると感じられます。そして、これも西田哲学の大きな特徴ですが、哲学を宗教と結びつける接点をあえて論じているところに大きな特徴があると知りました。これはカントなどのドイツ観念論から1歩進んだフィフテが提唱した論理を引き継いだものらしいことも知りました。博覧強記の西田幾多郎先生はスピノザからデカルト、さらにベルグソンなども精読しておられたようです。
 物を書く視点に、「純粋経験」を第一にめざすということは、非常に重要です。イタリアの作家ナターリア・ゲンズぶるぐなど、これを目指した手法をかなり駆使しているのではないかと思っています。ともあれ今は西田哲学と、神曲天国篇、草花写生、砂漠の孤高の画家ジョージア・オキーフの作品の美しさに見とれながら、残暑をやり過ごして位と思っています。
 

無象風景

<strong><span style=”font-size:x-large;”>おおきいもじ</sp九月三日、東京ではようやく暑さがやわらいできたような朝ですが、沖縄や九州地方で、また考えられないほど大型の台風が襲ってきているという話、北九州にお住いのお友達の広瀬尚子さん、長崎に住んでいる姪の娘の家族など、今どうしてるかしら、と思いながらニュースを聞いています。
 昨夜はなかなか眠られず、明け方にぐっすり眠ったらしく、目が覚めたのは七時過ぎだったのには驚きました。 スマホの目覚ましは、五時十分と、二十分にお知らせ設定にしているのですが、まったく目が覚めませんでした。ここ二,三日余りの残暑で寝不足気味だったのかも…。
 木曜日は、マンションのゴミ出しの日で(ドアの前に置いておくと片付けてくれるのがありがたいです)洗顔、着替え、ベランダのドアを開けて植木?に水やり、時々思いつく体重測定、(また三一・五㌔に後戻りでがっかり)いつものメニュウの朝ごはん準備と食事のあと、ゴミをまとめをて外に出し、NHKラジオを聴きながら、すべてのスケジュールを終えて時計を見ると九時。まったくスローライフで、予定はいつも潰れています。
 でも、かけっぱなしのラジオで今朝はいろいろ収穫がありました。今は珍しい活弁のスター、山崎バニラさんのドラエモンの妹の喋りなど楽しく聞き、小津安次郎監督の「大学は出たけれど」の語りを聞いて、まさに私の父の世代、昭和4年、我が家にあった岡本一平の現代世相漫画というハードカバーの本のなかに、若い男が大学の卒業証書を地面に叩きつけて「こんなものが何の役に立つ!」と蹴飛ばしている漫画があったのを思い出しました。!そのほかにもいろいろ。子供時代のわたしの愛読書でした。
、プロでユーサーガンマさんの相談タイムで、思いがけず、吉田拓郎の「ガンバラナイケド、イイデショウ」という歌を聞き、ほっとしたと思うと、今度は日本の子供の世界的ランキングで、37位というニュー―スになんとなく頷いて、健康は1位なのに、幸福度37位という落差に衝撃を受け、知的には上位だが、適応力に劣り、についてはさもあらんと憂い、 最後に一番の収穫は哲学者西田哲郎先生の「大震災後に思う」というアララギ誌上のエッセが朗読されたことでした。れたことでした。西田幾多郎博士は私が京都大学へ入学の前に退官され、大学の近くには博士が毎日散歩されたという「哲学の道」がありました。1911年発刊された『善の研究』今回あらためて読み直してみたいと思います。1950年頃の戦後の社会で、あらためて大学生たちが争って買い求めていた本です。

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